大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成6年(行ツ)87号 判決 1998年4月09日

東京都北区王子一丁目四番一号

上告人

日本製紙株式会社

右代表者代表取締役

宮下武四郎

右訴訟代理人弁護士

田倉整

同弁理士

岩出昌利

河澄和夫

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行ケ)第一五七号審決取消請求事件について、同裁判所が平成六年二月八日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田倉整、同岩出昌利、同河澄和夫の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。右判断は所論引用の判例に抵触するものではなく、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 大出峻郎)

(平成六年(行ツ)第八七号 上告人 日本製紙株式会社)

上告代理人田倉整、同岩出昌利、同河澄和夫の上告理由

第一 上告理由第一点

一 原審判決は、先後願の同一発明との拒絶理由を是認したが、先願の発明内容の把握を誤っており、対比対象を誤っている。

比較対象を誤っていることは判断手法の誤りであり、理由不備というべく、最高裁判所の先例にも違反する。

二 本件を単純化して要約するならば、上告人の特許出願について、訴外富士写真フイルム株式会社の先願があり、先願と同一発明である、ということで拒絶審決が出されたが、東京高等裁判所もこれを是認したというのであるが、この拒絶の判断は明らかに誤りである。

すなわち、技術思想という点から見ると、先願と後願とは全く正反対の作用効果をその中核としていることが分かる。先願発明は消色するものであり、後願発明は消色しないもの、という全く正反対の作用効果をその技術思想の中核とするものである。

そして、明細書も、この作用効果をねらいとする発明の開示に終始しているのである。

従って、先願発明の本質と後願発明の本質とは正反対であって、同一発明とはなりえない。

三 ところが、先願明細書の記述のうちに、消色する性質とは異質の物の記述がまぎれ込んでいた。すなわち、明細書に開示された発明である「消色する」という目的とは喰い違って消色に時間がかかるものであり、本来、先願発明を説明する記述から排除されるべきであり、少なくとも特許請求の範囲の記述には合致しないものが混在していたのであった。

しかるに、この先願の出願人は、後願において上告人が、消色しない性質を有する物を指定して権利付与を求めるべく、出願している事実を知るや、この「消色しない性質」という開示された発明の技術思想と相容れないものをも包含する形に仕上げるべく手続補正をした。

特許庁はこのような異質なものを取込む補正を許容する筈もなく、補正却下のうえ拒絶審決した。

ところが、この拒絶審決についての不服訴訟における判決は、意外にも補正を是認するものであったので、この先願についての審理はもう一度特許庁に戻された。

しかし、特許庁に戻されたものの、再度の拒絶審決が出され、結局先願は、先願としての地位だけが残った。

拒絶審決不服訴訟における請求認容の判決も事実として残っているが、何ら実りのある結果に結びつくものではなかった。

四 しかし、本件原審判決では、この補正却下決定を否定した判決に示された判断手法が、流用されている。

しかも、「技術常識に照らしてみれば」というだけで、裏づけを欠く立論を押し進めている。

この立論が妥当を欠く所以については、一つ一つの技術事項を取り上げて項を改めて後述する予定である。

ところで、本件原判決において「技術常識に照らして」との名の下に、示されている判断手法は、さきの補正却下決定を否定した判決に示された判断手法と共通しているが、先後願が同一発明かどうかを判断する手法としては妥当を欠く違法な手法と言わなければならない。

五 補正によって、出願当初の明細書に開示された技術思想とは逆の技術をも取込むことは許されないし、このような補正は技術思想の中核ないし本質を変えることになるのであって、先後願の同一性を判断する資料からは排除されるべき事項である。

しかるに、本件判決は、補正が適法になされている、そして補正で取込まれた技術内容をもって、先願の技術内容を判断する、という誤った判断手法をとり、その結果誤った結論を導いた。

しかも、さきの補正却下決定を否定した拒絶審決の取消判決に関与した裁判官が本件についてもその審理を担当しているので、上告人は、前の判決と同じ判断手法で、同じ結論をとることに懸念を抱き、裁判官の構成を変更されたき旨の上申をしたが、容れるところとならず、本件判決の内容は正しく、上告人が懸念した通りとなったのはまことに遺憾であった。

六 このような廻りくどい判断手法および結論をとったのも、担当裁判官に前件の判決での判断手法および結論がその脳裏に焼きついていたことから、その手法および結論を踏襲するのが最上との考え方があったものと推測せざるを得ない。

この点からも原判決は実質的に関与し得ざる裁判官が裁判に関与したのと大差なく、前審関与についての規定を援用して上告理由の一つとすることも十分に可能であると思われる。

前の判断手法と結果に関わりなく、本件についての判断が十分に可能であるとの見解に御賛同頂けたと信じて、上告人の懸念は杞憂に終わることを確信していたが、判決文を見るとそれどころか、悪夢が再現していたことを知って大変な衝撃を受けた。

七 結局、後願発明が先願発明と同一というためには、先願発明において、明細書中に何が書かれているかを探究することではなく、中核的作用効果が何であるかが探究されなければならないのである。すなわち、本件では、「消色するもの」が先願発明の本質であり、先願発明の明細書に記載された記述事項ではない。

本件判決に示された判断は、前審関与とも評価すべき裁判官を含む構成によって、さきになされた判決と同じ判断手法によって、同じ結論を出すことを前提とした判断と評せざるを得ない

最高裁判所第三小法廷、平成五年三月三〇日判決、平成三年(行ツ)第九八号の趣旨に照らしてみると、本件判決の結論はありえないのである。

第二 上告理由第二点

原審判決は、選択の余地なき単一の化合物しか開示されていないのに、顕色剤としての化合物の種類によっては、消色速度を自由にコントロールできるかの如き判断を示しているのは、明らかに条理に反し、理由を示したことにはならない。

理由不備、理由齟齬の非難を免れない。

ここで取り上げる論点は、先願発明が、顕色剤として単一の化合物に限定されていることを全く看過した判断がなされていることを指摘するものである。

先願発明の顕色剤は補正によりパラオキシ安息香酸ベンジルのみの単一化合物に限定したことに関して、先ず、原判決の判示内容のうちに示された、「補正明細書に添付された別紙第1表では、実施例が比較例中特に比較例2と比べて優れた作用効果を奏することが記載されているか」について述べる。

補正後の新たな実施例2と比較例2とを別紙第1表から対比すれば、次の通りである。(なお、比較例3についても示した)

<省略>

上記の如く、消色濃度1(記録濃度が半減するまでの時間)、及び消色濃度2(事実上記録として認められなくなる〇・二〇の濃度に達するまでの時間)に関して、実施例2と比較例2との間の差は極めて顕著に見られる。

このような顕著な差にも拘らず、原判決は『実施例が比較例2と対比して特に優れた作用効果を奏するということはできない。』と判示しているが、その理由として、次の三点を明らかにしている。

a) 消色速度を自由にコントロールすることが公告時明細書に記載の発明の作用効果である。

b) 消色速度の遅いものがサーモクロミズム材料として直ちに優れているとは一概にはいえない。

c) 消色濃度1について一か月以上と明記された比較例3を考慮すると実施例の数値は比較例の数値の範囲内にある。

ところが、上記三つの理由は、いずれも、成り立たないものである。判決書は、一方において、『消色速度は顕色剤としての化合物の種類によって影響されるものであ』ることを認定している(判決書三七頁一七~一八行)が補正明細書において、顕色剤はパラオキシ安息香酸ベンジルのみの単一化合物に限定されているのである。

そうであれば、多数の顕色剤が包含されていて初めて成り立つ前記理由a)は、顕色剤について選択の余地がなくなった補正明細書において、そのような理由とはなり得ないはずのものである。

同様に、前記理由b)も、消色速度について広い選択の幅が存在するのであればともかくとして、単一の化合物に補正されたことによって消色速度の選択の幅が失われ、明らかに自己矛盾を起している。

上告理由第三点

原審判決は、不可能事を可能な如く誤解し、これをその判断の根拠としているが、明らかに条理に反し、理由を示さない判断であることに帰し、理由齟齬ありというべきである。

取り上げる論点は比較例3について、その初期カブリが〇・五二であることを全く無視した論理を展開しているところである。

すなわち、先願発明の明細書中に、比較例3として、「消色濃度1」が「一か月以上」とある例を挙げて、消色速度が遅いものも先願発明のうちにも含まれるかの如き判断を示すが、全くの誤解である。

前記理由c)は比較例3に根拠を求めたものであるが、この比較例において最も重要なことは初期カブリが〇・五二もあることである。このような高い濃度に当初からその地色が発色しているということは、発色画像の読み取りが困難であって実用性が全くないことを意味する。しかも、消色濃度2については、その濃度〇・二以下と定義されているのであるから、地色が〇・五二もあるものは、本来的に消色したときの限界濃度が〇・五二なのであって、いくら長い時間を経過しても決して消色濃度2に達するはずがない。別紙第1表では、このことを「一」で示しているのである。にも拘らず、判決書では『消色濃度1について一か月以上と明記された比較例3が消色濃度2においてそれより大きな数値を示すことは、記載がなくても、また測定がなくても、当然のことであり、』(判決書四七頁七行~一五行)と誤解している。

以上、述べたように、補正明細書に添付された別紙第1表では、実施例が比較例中特に比較例2と比べて優れた作用効果を奏するものではないとした判決書の理由は事実誤認によるものであり、明らかな理由齟齬が見られる。

次に、補正後の新たな実施例と公告時明細書の各実施例とを以下に対比する。

補正後明細書 公告時明細書

<省略>

上記の如く、消色濃度1及び2に関しては、その記載がない実施例5、6以外の全ての実施例において、一〇秒から二四時間であることからすると、新たな実施例2の三〇日は極端に長い。

しかし、この点に関して原判決は「発色の濃度及び消色速度を自由にコントロールすることが公告時明細書記載の発明の作用効果であることが認められ、記録濃度の数値の高いものが、また消色速度が速いもの又は遅いものがサーモクロミズム材料として直ちに優れていると一概にはいえない」として、両者の差を否定する判断を示している。

すなわち、原審判決は、先願発明の明細書中に消色濃度1が一か月以上とある例を挙げて、その判断の根拠の一つとするが、この例は初期カブリが〇・五二とあるように、そもそも当初から消色濃度2は〇・二を超えており、もとに戻っても〇・二となりうる筈もない。

〇・二となることは不可能なのである。

原判決はこのように不可能なことをその判断の根拠とするが、これほど条理に反することはない。

上告理由第四点

原審判決は、上告人が明白な事実を確認できる証拠を提示して上告人の主張の根拠としたのに全くこれを無視して「技術常識」なるものを振り廻して正反対の事実を認定し、上告人挙示の証拠についての判断を遺脱して本願発明の作用効果を正当に評価していない。

結局、理由不備、理由齟齬の違法ありと言うほかはない。

ここで取り上げる論点は、上告人が原審において、本願発明の特徴を追試によって確認し、その追試を甲第三号証として提示したにもかかわらず、原判決にはこの書証の存在を無視し、独自の見解をもって「技術常識によれば」との理由をもって、先の補正却下を違法とした判決と同旨の考え方を本件にもそのままもち込み、上告人が提示した甲第三号証には判断をも示していない。

すなわち、消色濃度1及び消色濃度2に関する甲第三号証の一及び甲第三号証の三の意義について原判決の判断について批判をするならば次の通りである。

補正明細書実施例2における特定の顕色剤と特定の無色染料との組合せに係る感熱記録紙について、原判決は、『当該実施例2の作用効果は公告時明細書に記載された消色速度を自由にコントロールできるという作用効果の範囲内のものということができるから、特に新たな効果を加えるものではないことが明らかである。』(判決書五〇頁五行~九行)と判示した。

しかし、ここで、このような判断の理由とされているのは、前述の理由のa)、理由b)、及び理由c)の三点であり、これらがいずれも事実誤認に由来するものであることは、既に述べた通りである。

加えて、『技術常識に照らせば、この程度の数値を捕えて、極端に消色しにくいというには足りないし、また、通常の条件で長期間記録シートとして保存に耐えると認めるにも足りない。』と判示している。(判決書四九頁一二行~一五行)

しかし、上告人は、補正明細書実施例2に記載の特定の顕色剤と特定の無色染料との組合せに関しては、この先願発明における補正明細書の提出日である昭和六〇年一〇月四日に先立つ昭和五五年四月一〇日に、本願発明の出願当初明細書実施例1-fにおいて、その優秀性を明らかにしており、「経時変化も少ない」(明細書一八頁一三行~一四行)ことを指摘している。

従って、原審において、別紙第1表記載の実施例2に関する消色濃度1及び消色濃度2のデータを確認するために、追試を実施し、甲第三号証の一(実験報告書)および甲第三号証の三(実験方法説明書)として堤出した。

しかるに、原判決は、これら甲第三号証の一及び甲第三号証の三を検討評価すれば、補正明細書実施例2が通常の条件で長期間記録シートとして保存に耐えるものであることが明瞭に理解されるにも拘らず、これら証拠を看過して上記のように判示したものであり、判断遺脱または理由齟齬の違法を指摘せざるを得ない。

以上の通り、原判決には、特許法第三九条第一項の解釈、適用を誤っており、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背があり、また理由不備であるから破棄されるべきものである。

(むすび)

結局、以上、上告理由を四点に亙って指摘し、原審判決が、独自の見解を押し通そうとする余り、提示された数値から測定不能とされたものを長期間と読み替えたり、(上告理由第三点)、選択の余地なきものを組合せによって速い遅いのコントロールが可能であるかの如く認定したり(上告理由第二点)、反対のテスト結果が出ているのに技術常識を振り廻して書証の存在を無視したり(上告理由第四点)、出来上った判決文は無理に無理を重ねた跡が歴然としている。

どうか、上告審においては、常識的な判断手法をとることによって、結論が正反対となるべきことを御理解頂きたい。そして、非論理的な原判決を破棄する判決を頂きたく上申する。

以上

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